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百姓日記 帰農人

農園の長、アチが書く百姓日記

2016/07/16 永さん、おれも筋を通して生き抜くよ

永六輔を知ったのは中一の時、ラジオの深夜放送、キンキンとナッチャコパックは真剣に聞いていた。
キンキン(愛川きんや)の放送中、小沢正一さんと永さんが時々乱入していた。
そのころから尺かん法の改正に異議を唱え続けていた。古来からの寸尺などの計り方を廃止し全てメートル基準にするという国の方針に反対し続ける変な有名人くらいにしか思ってなかったが、二十歳の頃には戦い続ける本物の革命家として師と仰ぐようになっていた。
永さんは日本中を歩き続け、生活用具や技術などを研究した偉大な民俗学者宮本常一を師と仰ぎ、各地の織物や大工職人たちとの交流を生涯続けていた。経済の名のもとに無視され潰されていく誠に尊い世界の遺産でもある日本の知恵を大切にしたいと死に際まで発信続けてくれた
そして七夕に他界、「生きてきて良かった、生まれてよかった」と思いながら死ねるのが大往生と永さんは語った。
どんどん亡くなっていく仲間たち、妻も、その思いも一生懸命伝えてくれた。正直だった、常に筋を通していた
 亡くなる10日前に「六輔七転八倒九十分」という最後のレギュラー番組があった
生死をさまよう永さんのベットのそばのラジオから黒柳哲子さんたちのエールの声が響いていた。
生前公開葬儀みたいとびっくり、「無理しても引っ張ってきてラジオの現場で亡くなってもいいと思った」との娘のの言葉は嬉しかった、
彼女もしっかり革命家ではないか、七夕に亡くなるとは最高の演出、忘れられないや。