百姓日記 帰農人

農園の長、アチが書く百姓日記

 帰 農 人 2019 3/10 切り捨てされ続ける沖縄に祈る

今朝、ウグイスの初鳴きを聞いた、ケキョとまだかわいらしい。ここ数年畑でカッコウの声を聞けなくなり無性に恋しい、もの凄い宝物を無くしたようだ。
20年前の新川高地はサンクチュリア「鳥の聖域」と言われ、一年を通して里鳥の他様々な渡り鳥たちが来訪し、バードウォッチングの人たちも多かったが、タゲリは見ないしアマサギも少ない、シラサギも極端に減少し、大きくて哲学者のようなアオサギもどこに行ったのやら、ささやかな我が農園はノアの方舟か、いつの日か、ウサギ追いしの故郷をみんなが志す世になるまで生き続けよう。それしかない。

「木の樽いらねえか」石山の婆ちゃんからの電話、この前も糀を仕立てる「糀ぶた」を貰ったばかりだ、終活である、80を前にして片づけをぼちぼちやりだした。
「多んぼできなくなったら、後はやってよ」との遺言も以前聞いた。
木の樽も麹ぶたも余分にあるし、置き場に困るのだが、ともかく大事に使ってきた話を聞き「ありがとうございます」貰い受けるしかない。
おかげで使わない農機や農具などが山ほどある、でも時々素晴らしい機械なども手に入るので断れない。この習慣は貧乏八百屋を始めた20代前半から続いている。
「貧乏人は断れない」との言葉を竹細工の尚さんから聞いて、これは座右の銘だなと思った。
終戦前に沖縄の母子年寄が疎開される様子をつづった本を読み終えて、参考文献の中に尚さんの「トカラ国」が記載されていた。
嬉しくって電話すると今読んでる奄美の小説「海しょう」の島尾ミホとの出会いを話してくれた。